大阪市のデザイナー求人炎上を見てイラストレーター業界を思う

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数日前に話題になったニュースで、大阪市交通局がデザイナー(実務経験者)を112,600円で募集し、その報酬金額が低すぎるとして炎上した、というトピックがありました。この件について、いくつか思うことがあったので書いておこうと思います。

大阪市交通局非常勤嘱託 職務内容 ・ポスター作製業務、WEBページ運営業務 ・ワード・エクルを使用した文書作成、電話応対等の一般事務 応募要件 ・イラストレーターやフォトショップによる広告デザインの実務経験がある方 ・エクセルでの表計算、ワードでの文書作成ができる方 勤務時間 ・9時00分~16時00分 ・週30時間 報酬等 ・月額112,600円 ・昇給・昇格なし


目次

ネット上の意見は意外と賛否両論

ネット上でのいろいろな意見を見ていると、割合こそ(炎上しているだけあって)否定的な意見(つまり、「専門職の割に報酬が少なすぎる」という意見)が多いものの、意外と大阪市交通局擁護派(たとえば、「いやいや、意外と妥当な額でしょう」とか「デザイナーもピンキリだから、全員が高い報酬をもらえるわけではない」というような意見)も多い印象を受けました。

僕自身も2004年にイラストレーターとして独立する直前まで同じような仕事で会社員をしていたので(その頃の様子は『僕の半生7話10話あたりに書いています)、あまり人ごと思えない部分もあるのですが、今回の件に関しては後者寄り(大阪市交通局擁護)の考えを持っています。というのも、当時の僕の給料もそれほど高くなく…というか、むしろ今回の募集要項の報酬額とそれほど変わらず(ただ、僕の場合は正社員でフルタイムだったし、忙しい時期は残業代も付いたので月収としてはもう少し多かったのですが、時給換算すると、大差無かった)、確かにその会社の給料も安かったのですが、業界を見渡すと同様の求人はいくらでもありましたし、当時はDTP(IllustratorやPhotoshopを使って印刷物のデザインを作る作業をDesktop Publishing=DTPと呼びます)のデザイナーはそれなりに需要があり、人気の職種でもあったのですが、その当時ですらその程度の給料だったわけで、あれから10年以上経った今、紙媒体の売り上げ低迷に加えてwebや電子書籍の普及の影響でDTPデザイナーの需要は低下しており、DTPデザイナー(オペレーター)の報酬額がさらに低下していても仕方ないのではないかと思ってしまうのです。

デザイナーのキャリアアップ

大阪市交通局の求人は、報酬額が低いうえに「昇給・昇格なし」と明言されていることも炎上の原因となったようですが、僕の感覚からすると、クリエイターの報酬は本来、成果物のクオリティや反響・効果によって決まるべきものだと思うので、最初から昇給が約束されているデザイナーの雇用というのも、どこかおかしい気がしないでもありません。

もちろん、デザイナーの給料が安くてもかまわないとは思いません。既に経験値の高いデザイナーからすると、「そんな安い給料でデザイナーの雇用が成立してしまうと、業界全体の単価水準が下がりかねない」と、この手の求人を危惧する傾向があり、それも一理あるとは思います。ただ一方で、経験が浅いけどこれからキャリアを積みたいと思っている人にとっては、最初のステップという意味で悪くない機会と言えるのではないでしょうか。

デザイナーやフリーランスのクリエイターのキャリアアップについての詳細は、また別の機会に書きたいと思いますが、僕自身も、独立以前の2年間の会社勤務を経て多くの経験をしたからこそ今の仕事があるわけで、安月給だったとは言え経験の浅かった僕を雇ってくれた会社には感謝しているのです。クリエイターとして高く評価をされ、高い報酬をもらえるに超したことはありませんが、誰しも最初から華々しいスタートを切れるわけではなく、時には(かつての僕のように)割に合わない仕事をしてでも実績を積んで次につなげていく必要があることを考えると、今回のような求人も一概に悪いものとは言えないのではないかと思うのです。

イラストレーター業界も同様

ここからは、どちらかというと若手のイラストレーター向けの内容で、本題でもあるのですが、今回の大阪市交通局の一件を見て、ふと、イラストレーター業界でも同じようなことを耳にすることを思い出しました。それは、主に中堅・ベテランイラストレーターから若手に向けられる主張・忠告で、「若手のイラストレーターであっても、業界の相場を下回る安い単価でイラスト制作を引き受けるべきではない。そういう目先の仕事を優先する姿勢が業界全体の単価の平均を下げてしまうので、今まで我々が維持してきた単価相場が崩れて価格競争のような状態に陥ってしまい、長期的に見るとイラストレーター業界全体が損害を受けることになる」というものです。Webでイラストのギャランティについて調べると、そういった意見が散見されますし、僕が駆け出しの頃は先輩のイラストレーターから何度かそういうことを直接言われたこともあります。しかし、僕はこの考え方に当初から違和感を感じ、結果的に忠告を無視して安い仕事もそれなりに受けたものでした。

もちろんギャラは高い方が良いに決まっていますし、納得のいかない金額の仕事は無理に引き受けずに断るべきだと思います。その点に関しては、駆け出しの頃に料金設定について悩んだ際に尊敬するイラストレーターに相談した際に「駆け出しだからと言って萎縮することなく、見積もりを聞かれたら自信を持って自分が納得いく金額を提示しなさい」と言われ、非常に励まされましたし、それ以来自分の仕事を安売りするようなことはしてこなかったつもりです。

若手イラストレーターたちは受けたい仕事を受けて良い

ただ、もし「業界の相場に照らし合わせると安すぎるけど、自分としては納得いく金額」で仕事を依頼されたとしたら、それは先人たちに気を使わずに引き受けるべきだと言いたいのです(少なくとも、僕はそうしてきました)。僕が先輩イラストレーターに「安い仕事は受けるな」と言われた時に違和感を感じたのはなぜかというと、それは健全な商品の値段の決定方法ではないからです。安い仕事を依頼してくるクライアントたちの多くは、なにも、本当は予算がたくさんあるのに、ケチってイラストレーターを買い叩いているわけではなく、ほとんどの場合、安くせざるをえない事情があるのです。

たとえば、「雑誌のイラストのギャラは以前と比べて安い」というのはイラストレーター間でよく言われることですが、そもそも多くの雑誌の発行部数自体が年々落ちて、出版社自体も雑誌による利益も以前ほど見込めずにいろいろと無駄を削ってやりくりしている中で、イラストレーターの報酬だけ10年20年前と同じ水準を維持することは不自然だと言えます(しかし多くのイラストレーターたちは報酬額の維持を主張します)。仮に雑誌の部数が半減したら、当然制作予算は半減し、それにともないイラストレーターに支払える報酬も半減するのは一般論的に当然と言えます。

幸い10年前より安い報酬額でも、若手のイラストレーターにとっては充分な場合も多いのです。編集部も、場合によっては報酬額でゴネるベテランよりも、安くても喜んで描いてくれる若手の方が使いやすく、積極的に使ってくれる場合もあります。なので、そういう不景気を逆手に取って、若手は(自分の基準でOKな範囲なら)安い仕事でもどんどん引き受けて経験を積むと良いと思います!

その上で、留意する点をいくつか挙げます。

作業をデジタル化・効率化する

これは僕自身が10年イラストレーターとしてやってこれた理由であるとも言えるのですが、可能な限りデジタル化を進めて効率的な作業環境を作る必要があります。幸いなことに、この10年でコンピューターのスピードは10倍以上速くなり、価格は数分の一になりました。ということは、そのスピードとコストパフォーマンスを味方にすれば、10年前の10倍は無理でも3倍くらいの速さでイラストを制作することが可能になると思います(実際、僕はこの10年で10倍近く速くなった気がします。尤も、コンピューターの進化だけでなく手も速くなったんだと思いますが)。もし3倍速く描ければ、たとえ報酬額が半額でも時給換算ではむしろ高くなるので、あとは案件数さえ増やせれば、たくさん稼げるはずです。こういう考え方は、一般にクリエイターにはウケが悪いのですが、市場原理主義とはそういうものであり、我々イラストレーターもまた、その中で生き残るビジネスをしていかなければならないのです。

一方で、アナログ画材中心で描いている場合は、そこまでの経済成長・技術成長を見込めません。どうしてもアナログ画材のタッチにこだわりたい場合はもちろん妥協せずにやるべきだと思いますが、「デジタルでもアナログでも、どっちでもいいけど、どうしようか」と考えている人がいたら、僕は迷わずデジタルをすすめます。専門誌や年配のイラストレーター、また一部のイラスト学校などはアナログ画材での描画を強くすすめる傾向が強いのですが、これは全く根拠が無く(学校に関しては、理由があるとしたら、デジタルを理解して教えられる人材と設備投資をする予算が無いだけでしょう)、出版社やデザイン事務所等のクライアント側からすると、デジタルだろうとアナログだろうと依頼した内容を的確にイメージ化したイラストさえスピーディに納品してくれればどちらでも良く、むしろ印刷物のデータやweb等にそのまま配置しやすいデジタルイラストの方がありがたがられる傾向さえあります。

さらに、今後、イラストレーターは紙媒体(書籍・雑誌等)だけでなく、webやアプリ等、デジタル媒体を視野に活動範囲を広げていく必要があるので、そういった点でもデジタル描画はアドバンテージになると言えます。

値引きには応じない

これは前述したことと矛盾するように聞こえるかもしれませんが、2回目以降の発注時に最初の報酬額を下回る金額を提示された場合は、すぐに応じずに交渉しましょう(少なくとも交渉で前回の値段に戻ることはよくあります)。継続的な仕事は、できる限り金額を維持して受け、より良い条件の案件で忙しくなって手が回らなくなったら、似たタッチの若手イラストレーターを紹介して引き継ぐことができると一番良いと思います(引き継ぎは義務ではないので、アテが無い場合はただ断ればOKですが、良い後継者を紹介するとクライアントに喜ばれます)。

イラストの力でクライアントの売り上げに貢献する

あと、安い仕事でも「自分のイラストの力で媒体(雑誌等)の売り上げを上げてやる!」くらいの気持ちで臨んで、良いイラストを提供すると良いと思います。これは稀なケースですが、本当に売り上げに貢献すると、非常に感謝されて場合によってはその次から報酬額を上げてくれたり、追加でギャラが発生する場合もあります(実際に何度か経験しました)。

今回、ある意味でこれが一番言いたかったことでもあるのですが、イラストレーションというのは単体で成立するものではなく、広告・雑誌・書籍・web等の媒体の一部として機能して初めてイラストレーションなわけで、そういう意味では、その「機能」(つまり、たとえば媒体自体の売り上げへの貢献等)をクライアントの期待以上に果たしてこそ、イラストレーター自身が望む以上の報酬を得られるべきで、イラストレーターどうしで口裏を合わせて値段引き下げに対抗するような労働組合的な方法論は、前時代的だし全くクリエイティブでは無いと思うのです。

まとめ

そういうわけで、特に若いイラストレーターは、中堅やベテランの忠告は無視して、安くても受けたい仕事はどんどん受け、独自に効率化して生産性を上げてどんどん稼ぎ、業界の世代交代をすると同時に他業界への貢献度を増して、相互作用でマーケット/シェアを広げていくのが良いのではないでしょうか。そして、ゆくゆくはその方がよほどイラストレーター業界全体が豊かになるように思います。

以上、大阪市交通局の求人の件からイラストレーター業界についてまで書いてみました。これはイラストレーターに限らず他業種(フリーのクリエイターに限らず、会社員や就職活動生に至るまで)に共通して有効な考え方だと思うので、特に若い人にはひとつのサンプルとして参考にしていただけたら嬉しいです。


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