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フリーランス イラストレーター高田ゲンキの情報発信ブログ、『Genki Wi-Fi(ゲンキ・ワイファイ)』。

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僕の半生 ⑩ | デザイナー・後編/イラストレーター・立志編| 2003年1月(26歳)〜2004年1月(27歳)

      2016/12/12

 - 人生論, 「僕の半生」    -

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2003年前半の半年間、僕は大寺聡さんに憧れて、会社員をやりながら夜な夜なイラストの練習をする日々を送りました。大寺さんはもともと東京出身で東京で活躍していた方ですが、その頃には既に鹿児島に移住されてていたので、ウェブサイトでイラストを見たり、最新の活動予定をチェックしたりしていました。5月のある日、僕は大寺さんのウェブサイト ”Ohtematic.com”で、大寺さんが鹿児島のご自宅近くの廃校跡のギャラリーで6月に個展を開かれることを知り、いてもたってもいられず、初めてご本人にメールをしました。「自分は神奈川に住むイラストレーター志望のデザイナーで大寺さんのファンです。今度の個展、場所が遠いので伺えませんが、どうしても個展案内のDMを見てみたいので、もし良かったらDMを送っていただけないでしょうか」というような内容だったと思います。すると何と、そのメールから1週間ほど経ったある日、大寺さんから僕の家に分厚い封筒が届き、そこにはDMだけではなく、大寺さんのイラストのポストカードがたくさん入っていたのでした! 感動した僕は、会社の有給休暇を使い連休を取得して、大寺さんには一切伝えずに個展開催日に鹿児島に行くことにしました。もし運良くご本人に会えれば嬉しいけど、会えなかったら作品を見て、ひとりで鹿児島観光をして帰ってくれば良いや…くらいの気持ちで。

2003年6月7日、僕は早朝に鹿児島に向けて出発しました。廃校跡のギャラリーは鹿児島の中でもアクセスの悪い場所にありましたが、飛行機→空港バス→電車→路線バス→徒歩1時間…と移動し、半日以上かけてなんとかそこにたどり着きました。そしてギャラリーに入ったところ、大寺さんが運良く在廊されていたのでした! 僕は、一通り作品を見たあとに大寺さんに思い切って話しかけたところ、大寺さんは僕が神奈川から来たことに非常に驚いて「せっかくだからどこかに案内してあげるよ。どこか行きたいところはないですか?」と言ってくれました。僕はお会いできただけで胸がいっぱいでしたが、ふと思いついて「この辺は温泉が良いらしいので、温泉に行ってみたいです。朝から長距離移動して疲れたので…」と言うと、大寺さんはすぐに車でオススメの温泉に案内してくださり、僕は半年以上も一方的に憧れていた最も尊敬するイラストレーターと、初対面からたった2時間ほどで一緒に温泉に入る…という何ともシュールな経験をしました。

結局、その後僕は鹿児島に2泊して、その間大寺さんは忙しい合間を縫って僕に会って話を聞いてくれた上にご自宅にまで連れて行ってくれました。大寺さんの家は「オーテマティック・ハウス」と言い、ウェブサイトを通して以前から知っていたのですが、実際に見て、そのライフスタイルにも圧倒されました。鹿児島の自然の中で素晴らしい建築(自宅兼スタジオ)を建てて、豊かな生活を実現しながら東京のクライアントと仕事をしている様子を目の当たりにして、「僕もこんな生き方をしたいけど、このスタイルは今の会社員としての生活の延長上では、経済的にもスタイル的にも絶対に実現できない。それだけでも会社を辞めてイラストレーターとして独立する価値がある! 神奈川に帰ったら、すぐに具体的な独立計画を立てて、なるべく早く会社を辞めよう」と決意しました。

肝心な僕のイラストレーターとしての可能性についてですが、当時は本当にまだヘタクソでしたが、描きためたイラストを持参して大寺さんに見てもらいました。大寺さんは雑誌やウェブのインタビュー等で常々「良いイラストを描くのに最も大事なのはデッサン力だ。上手くなりたかったらデッサンを勉強してデッサンしまくると良い」と言っていたので、「僕も今のイラストのスキルを元にデッサン力を磨いたらプロとして通用するでしょうか?」と尋ねたところ、「それだけ分かっていれば大丈夫だと思う」と言ってもらうことができ、その言葉は僕の気持ちを大きく後押ししてくれました。

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このデッサン論については、また別の機会に詳しく書こうと思っていますが、この時に気づき後に確信した僕の結論は「音楽におけるJAZZ理論は、イラストにおけるデッサンである」という方程式です(ピンとこない人は「英語における文法」だと考えてください)。JAZZ理論もデッサンも本当の天才には必要の無いものかもしれませんが、僕のような凡人(しかも、スタートが遅いというハンデも背負っている)にとっては、効率的に方法論を究める上で最良のメソッドであり、これらのおかげで今の僕があると確信しています。そしてこれは、今回の一連の半生記を通して、僕が若い人に伝えたい最も重要なバトンのひとつでもあります。

そういえば、この数日の間に大寺さんとは音楽の話もたくさんしました。というのも、大寺さんの音楽の趣味は驚くほど僕と共通しており、大寺さんも僕同様に(いや、ある意味それ以上に)Steely DanPat Methenyを愛していたのです。それで、最初に僕が大寺さんの絵から受けた印象(前編参照)は間違っていなかったという確信を得ました。そして、本当に好きな表現を追求すると内面的な趣向もにじみ出るものであり、似た趣向を持つ者は同士はそれを感じることが出来るのだと思ったものです。

とにかく、このときの鹿児島訪問が僕のイラストレーターとしての出発の原点であることは疑う余地がありません。そして何より、突然の訪問を快く迎えて面倒を見てくれた大寺さんには、感謝してもしきれないのです。僕が大寺さんのイラストだけでなく人柄にも敬意を抱いているのですが、その理由のひとつは、僕が何かお返しをしようとすると「僕に対してはいいから、そういうのは、いつか高田君が若い人にしてあげてください」と、若い世代へのペイフォワード的精神がある点で、その姿勢にも僕は非常に影響を受けました。なので、この時「僕も10年後には(というのは、大寺さんがちょうど10歳年上なので)、大寺さんみたいに若者から憧れるようなイラストレーターになって、僕を訪ねてくる若者をあたたかく迎えてあげよう!」と胸に誓ったものですが、あれからちょうど10年経った今日に至るまで、僕に憧れて訪ねてきた若者は、誰一人いません…(まあ、まだまだ先は長いということなのでしょう… 精進精進!)。

そういうわけで、固い決意とともに神奈川に戻った僕は、すぐに地元の絵画教室の扉を叩き、デッサンを習い始め、コツコツと貯金をしたりイラストを描き続けたりして独立の準備を進めました。そして、入社からちょうど丸2年経った2004年1月末日で会社を辞め(なぜ「ちょうど2年」だったかは「就職活動・バンド復活編」参照)、2月から晴れてフリーランスのイラストレーターとして独立しました。

イラストレーター・駆け出し編につづく

06070002 ↑2003年6月7日、お昼近くに到着した鹿児島中央駅(この時はまだ「西鹿児島駅」という名前だった)。現在は巨大な観覧車がありますが、この時はまだ着工したばかり。

06070010 ↑大寺さんが個展を開催していたギャラリー「野月舎」に向かう道はこんな道を1時間歩いた先にありました。

06070015 ↑廃校跡のギャラリー「野月舎」。ここは、2011年に再訪しました。

06070029 ↑大寺さんの個展会場の風景。

この日の出来事をマンガでも描きました

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