【樹木希林さん追悼】ベルリンの映画館で、日本映画『あん』を観た話

昨日ニュースアプリを開いたら、「樹木希林さん逝去」というショックなニュースが…。それで、2年以上下書きフォルダに入れっぱなしになっていたこの記事を思い出し、仕上げて書くことにしました。


2016年2月のある日、妻が「観たかった映画がベルリンで上映されてるから行きたい」と言うので、せっかくだから僕も…という感じで、何の前情報も無く、ベルリンの映画館で『あん』という日本映画を観てきました。今日はこの『あん』についてです。


目次

『あん』ってどんな映画

予告編はこちら

「私達はこの世を見る為に、聞くために、生まれてきた。この世は、ただそれだけを望んでいた。…だとすれば、何かになれなくても、私たちには生きる意味があるのよ。」

縁あってどら焼き屋「どら春」の雇われ店長として単調な日々をこなしていた千太郎(永瀬正敏)。その店の常連である中学生のワカナ(内田伽羅)。ある日、その店の求人募集の貼り紙をみて、そこで働くことを懇願する一人の老女、徳江(樹木希林)が現れ、どらやきの粒あん作りを任せることに。

徳江の作った粒あんはあまりに美味しく、みるみるうちに店は繁盛。しかし心ない噂が、彼らの運命を大きく変えていく…

©2015映画「あん」製作委員会

『あん』 |動画|Amazonビデオ より

前情報無く『あん』を観た僕を魅了したもの。それは…

 【樹木希林さん追悼】ベルリンの映画館で、日本映画『あん』を観た話 映画

ベルリンの映画館に貼られていた、映画『あん』のポスター

この映画は実は少し重いテーマ(これについては後述します)を扱っているのに、観ていてどこか心が温まるような空気感がある、不思議な作品でした。そして、それはストーリーそのものの出来もさることながら、樹木希林さんの演技力によるものでした。

樹木希林さんの演技は他のドラマや映画でも何度も観たことはありましたが、これほど高齢になってからの演技は初めてでした。そして、外見的には最初「演技、大丈夫かな?」と思うほどおばあちゃんなのに、演技力は心がしっかりしていて素晴らしく、そして次第にそれが演技だと忘れて引き込まれてしまう力を持った、そんな演技がそこにあったのでした。

徳江さん(樹木希林さんの劇中の役名)が嬉しそうにすると思わず僕も顔がほころび、悲しそうにすると僕も悲しくなる…。そんな風に映画を観たのは本当にずいぶん久々のことでした。

この映画は他にもいろいろ素晴らしい要素があるんですけど、それがあろうとなかろうと、この樹木希林さんの魅力的な芝居(というより、芝居を通したある種のメッセージのようなもの)を観れただけでも、この映画を観た価値が十二分にあったと思えたのでした。

ちょっと補足します(ネタバレ含む)

この映画のテーマ、「ハンセン病感染者の存在」

この映画は「ハンセン病感染者の存在と、日本社会におけるその差別の歴史」という、重いテーマを扱っています。

僕らが何気なく過ごしている日本社会における日常生活。しかし、その日常とほんのついたて一枚挟んだ隣に、ほとんどの人が知らない(というか、知ろうともしない)し、一部知っている人も見て見ぬふりをしている「差別されている人たち」がいて、彼らは同じ街の中にいる同じ人間でありながら、ハンセン病という病気を背負ってしまったばかりに、隔離され自由を奪われて、いわゆるマジョリティの日本人とは全く異なった人生を送らざるを得ないのです。

僕自身もこの映画を観るまでは、恥ずかしながらハンセン病の存在は漠然と知っていたものの、その感染者の方たちがどのような扱いや差別を受けてきたのか、無関心ゆえに全く知らずに生きていました。

この映画を観たことで、その実情の一部を知り関心をもつことができたので、さっそく帰宅後に関連情報をwebで検索して読み漁ったのですが、その医学的根拠の無い差別の実態を知り胸が痛みました。

この映画は、そういった啓蒙を果たしているという意味でも、非常に意義深い作品であります。

バレッタ映画祭にて最優秀作品賞受賞

そして、そうした使命感あるテーマを扱ってのこともあってか、この映画作品『あん』は、マルタ共和国の首都・バレッタで開催されたバレッタ映画祭にて、メインの長編コンペティション部門の最優秀作品賞と、主演の樹木希林が最優秀女優賞のダブル受賞を果たしています。

そんな経緯もあって、ここベルリンで上映され、僕も鑑賞することが叶ったのでした。

原作者、ドリアン助川さん

そんなわけで、全く前情報なしに『あん』をベルリンで鑑賞し、すっかり感動してエンディングシーンを観終えた僕でしたが、エンドロールを最後まで見て驚きました。それは、原作の小説の作者が馴染み深い名前だったからです。

その名はドリアン助川さん。

ドリアン助川さんは、90年代に活動していた知る人ぞ知るロックバンド「叫ぶ詩人の会」のメインボーカリストで、僕は10代の頃、ドリアンさんがメインパーソナリティを務めていたラジオ番組「ドリアン助川の正義のラジオ!ジャンベルジャン! 」が好きでよく聴いていたのです。もしかすると、テレビで「金髪先生」としてドリアン助川さんを知っている人の方が多いかもしれません。

https://www.youtube.com/watch?v=NCyO8i3eYZ8

そのラジオは、青少年のいじめや性や進路などの重い悩みを募ってはドリアン助川さんがアツく(時には泣いたり怒ったりして)相談者に対してアドバイスしたり励ましたりするもので、僕は直接悩み相談こそしなかったものの、当時同じようにいじめや進路に悩んでいたので、胸を熱くして聴いたものでした。

僕も大学に入学した頃からはラジオを聴かなくなってしまい、ドリアン助川さんの名前を見たのはそれ以来(つまり、約20年ぶり)だったので、ドリアン助川さんがその後作家として活動されていたことももちろん全く知らず本当に驚いたと同時に、「ああ、この重い問題をテーマにしながらも、こうも胸に暖かく響いてくるストーリーは、ドリアン助川さんだから書けたんだなあ…」と妙に納得したのでした。

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⬆ちなみに、小説『あん』の装画イラストは、僕ら夫婦が(というか、特に妻・美穂子が)親しくさせていただいている、木内達朗さん(kiuchitatsuro)によるものです。なんか、いろいろとつながっていて感慨深いな…、勝手にいろいろと思いを巡らしてしまいました。

まとめ(樹木希林さんへ)

素晴らしい映画をありがとうございました。僕なり思うところが多く、また思い入れが強いこともあり、なかなか書き上げられない本記事でしたが、希林さんがお亡くなりになったニュースを聞き、いても立ってもいられず、二年越しでようやく書き上げることができました。

お亡くなりになったのは寂しいですけど、こうして素晴らしい作品を遺されて、今後もたくさんの人を感動させることができるのは、ものづくりをしている人間の端くれとして尊敬と羨望の念を禁じ得ません。

ありがとうございました。そして、おつかれさまでした。どうぞ、安らかに。


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