前回の記事では、僕がイラストを仕事にするにあたって苦労したことについて書きましたが、今回は漫画を仕事にするにあたって苦労したことについて書きたいと思います。
イラストを描ければ漫画も描ける…?
僕の漫画(※⬇)を通して僕のことを知ってくださった方も多いかもしれませんが、実は僕は漫画家としてのキャリアはまだ浅く、仕事として漫画のweb連載を始めたのは2016年で、初の漫画書籍を出版したのは2018年の8月のことです。なので、フリーランスとしての15年間のキャリアの中で、漫画家として活動しているのはたったの3年です。
《※僕の漫画⬇》
とはいえ、漫画そのものは小学生の時から描いていましたし、そのおかげで画力がついてイラストレーターにもなれたので(ちなみに僕は美大も専門学校も出ていません)、イラストレーターとして活動を始めてからも
…と思っていたフシがありました。
ところが実際に必要に迫られて漫画を描いてみると、たしかに一応描けるには描けるのですが、そこにはイラストとはまた違ったハードルがいくつかあってそれを乗り越えるのは想像を遥かに超えてたいへんでした。なので、特に連載開始から1年くらいは、「まさか40歳になって、こういう形で自分の無力さに直面するとは…」と思いながらもがいたものでした(というか、漫画に関しては当初ほどではないにしろ、正直に言うと今でももがいている部分があります)。
漫画で苦労した事
漫画に関してもイラスト同様、苦労したことを一言で言えば「表現の方向性」ということになるのですが、もっと具体的に箇条書きすると、
①絵のタッチ
②内容の方向性(自分の漫画の意義)
ということになります。
では、ひとつずつ説明していきます。
漫画で苦労したこと① 「絵のタッチ」
まず漫画を描く際に思った以上に苦労したのが、漫画を描く際のタッチ(画風)でした。漫画家として活動を初めて4年目の現在は、漫画のタッチもだいぶ安定してきましたが、実はタッチに関しては最初の1年以上にわたって迷いつつ試行錯誤していました。
まず、最初に自分の中で決めたこととして「漫画はイラストとは違うタッチで描く」というのがありました。理由としては
①イラストのタッチでは制作に時間がかかるので量産が難しい
②情報を無機質的に伝えるイラストでは漫画の感情表現に向かない
③子どもの頃から描いてきた漫画表現を仕事に活かしたい
④純粋に新しいタッチに挑戦してみたい
…という感じでした(特に②の理由が大きい)。
その結果生まれた漫画タッチが⬇こちら(左側)です。イラストのタッチと比較すると、色の有無だけでなく、画風そのものがかなり違うことがお分かりいただけると思います。
対策①:アプリはクリスタを使用する
漫画のタッチ模索は、まずは「どのアプリを使用するか?」というところから始まりました。もっとさかのぼって「デジタルかアナログか?」から検証しても良かったのですが(僕はGペンの描き味が超好きなので、漫画に関しては本気で半アナログも考えた)、海外在住で画材の調達が難しいことや、生産効率性を考えると、やはりMacでなるべく完結した作業環境を作るべきという結論に至りました。
で、ソフトですが、実は最初はPhotoshopで描いていたのです。なぜなら僕は「自分はAdobeが好き!」という思い入れがあったからです。そして、好きなだけでなく、IllustratorとPhotoshopのスキルに関しては我ながら自身があったので、これを駆使すればクリスタ(CELSYSのCLIP STUDIO = 日本製の代表的な漫画制作アプリです)に匹敵する以上の漫画作画ができるに違いない!という自負があったからです。
しかし、実際にPhotoshop(とIllustrator)で漫画を描いてみると、なかなか不都合なことが多く制作が難航したので、Adobeにこだわらずにクリスタを導入したところ全て解決しました。以来、漫画制作はほぼクリスタ(CLIP STUDIO PAINT EX)で完結しています。
⬇クリスタに関しては、こちらの記事で詳しく書いています。
対策②:描き手目線で漫画をたくさん読んで研究
クリスタという強力なツールを得て漫画を描きすすめるうちに、あることに気づきました。それは、自分が漫画の表現というものを意外なほど分かっていないということ。前述の通り、僕は小中学生時代にプロの漫画家を目指してたくさんの漫画を描いていたので、漫画表現に関してはそれなりに自信があったんです。
しかし、実際に連載が始まって漫画を描いてみると、その乏しさに愕然としました。確かに漫画は描けるのですが、表現のボキャブラリーというか引き出しが少ないので、単調になってしまうのです。正直言って、僕はいかにも漫画っぽい表現(効果線の多用、断ち切り、擬音・効果音の多用、ぶち抜き等々)をどこかバカにしていたところがありました。
しかし、自分が漫画という手段を通してストーリーやメッセージを本気で読者に伝えたい!という立場に置かれてはじめて、この言わば定石と呼べる王道的な漫画表現の意味や、いかに考えられ(あるいは必要に迫られ)それらが生まれたかを思い知りました。それに気づいて以来、もう一度そういう視点でたくさんの漫画を読んで研究することにしました。
幸い現代はKindle等の電子書籍があるので、海外在住でも新旧問わず読むことができます。なので、この時期(2016-2017年頃)は、自分でも仕事で漫画を描く傍ら、本当にたくさんの漫画を買って読みました。その数は5000冊をゆうに超えていたので当然出費もすごかったのですが、それでもそこから得たものは金額以上のものがありました。特に意識したことは、自分が好きな作品ばかりではなく、好みではなくても売れてるものや話題のものは積極的に読んで、そこから少しでも表現を盗むということ。これをするようになってから、だいぶ漫画表現の引き出しが増えて、自分のイメージに近い表現を短時間でできるようになりました。
⬆例えばこの左側のコマには、「なんだと!?」みたいな心境を表すために人物の背景に水平の平行スピード線を入れてますが、これもそうした漫画表現研究の中で知った表現のひとつです。平行のスピード線は水平方向のスピード感を表すために使うことが一般的ですが、人物や物体は動いていないシーンでも、このような効果を目的として使うことができます。こういう、描き手目線で注意深く観察しないと気づかないような独特の表現が、漫画には本当にたくさんあるのです。
このような目的で資料として膨大な漫画を読むにあたって大活躍したのは、AmazonプライムとAmazonのKindle Unlimitedです。多くの漫画を定額で読むことができるので、こうしたサービスを有効に利用して最低限の投資で最大限の効果を得ましょう。
漫画で苦労したこと② 内容の方向性(自分の漫画の意義)
こちらは前項(①絵のタッチ)よりも深刻でした。何故なら、漫画でもっとも重要な要素がこの「内容の方向性」であり、この方向性によってその漫画が「世の中に受け入れてもらえるか」「売れるかどうか」が決定づけられると言っても過言ではないからです。
漫画を描くぞ!と決めた直後に僕が悩んだのは、
- 何かしら面白そうな描けるはず!という漠然とした自信(と言うか予感に近いもの)があるけど、「これが描きたい!」という明確なネタが無い
- 自分が描きたいネタがウケる(売れる)かどうか分からない
…ということ。
では、ひとつずつ説明していきます。
対策①:数を描いてウケるネタを探す
「自分は何かしら面白そうな描けるはず!」という漠然とした自信(と言うか予感に近いもの)があるけど、「これが描きたい!」という明確なネタが無い場合、できることは描けるものから手当り次第描くという事に尽きると思います。
とはいえ、ある程度テーマを絞っていく必要があるので、僕はとりあえず自分のことを描くということだけは最初に決めました。壮大なSFフィクションの構想なんかも頭の中にはあったのですが、すでにブログ等の発信で僕自身に関心を持ってくれている人が一定数いたので、まずはそこに向けて描きたいと思ったのが大きな理由です(あとは、いきなり壮大な話を描くほどの漫画の作画力が無かったのもあります)。
一番最初に描いたのは、『僕の半生』というシリーズで、自分のブログで公開しました。もともと漫画ではなくブログ記事で同タイトルの自分の半生記を書いたところ、かなり反響があったので、それを漫画にしてみたらもっと読まれるのではないか?という安直な思いつきです(安直ではあっても、即行動してみて違ったら修正すればいいので、これで良かったと思っています)。
《その半生記漫画はこちらからご覧いただけます》
▶ マンガ版『僕の半生』第一話(ブログ Genki Wi-Fi)
で、これは確かにそれなりに反響はあったのですが、描きすすめる中で色々と課題も見えてきました。その課題とは主に、
① 作画(キャラデザイン/タッチ)
②漫画のフォーマット(縦スクロール特化かコマ割りするスタイルか…等)③内容(そもそも自分の半生にどれだけの人が関心を持つのか謎)
の3つです。それを改善しよう…と思った矢先に漫画web連載の話が決定し、『ライフハックで行こう!』というタイトルで2016年8月に連載を開始。
《『ライフハックで行こう!』第一話はこちらからご覧いただけます》
▶ 『ライフハックで行こう!』第一話|僕らがベルリンに移住した理由
ここで、僕は内容の方向転換を試み、ベルリンのITスタートアップカルチャーなどについて発信することにしました。理由は単純に、無名な僕の身の上話など誰も関心を持たないはずで、それよりもベルリンに住んでいるからこそ経験したり知ったりできる一次情報を漫画にして発信する方が、遥かに多くの人の興味を引けるはずと思ったのです。
ちなみにスタートアップ系について描いた漫画は、たとえばコレとかです。また、このネタを選んだのは、連載していた媒体がIT系のwebメディアだったからという事情もありました。
しかし、結果としてこれは期待したほどの反響を得ることができませんでした。一部の人(スタートアップやビジネスや海外事情に関心のある意識の高い層)には支持されましたが、多くの人は遠い欧州の街で起きている事などには魅力を感じないのだということがよく分かりました。しかし、そういった最先端の海外のビジネスへのアンテナや、それを漫画として表現することは自分にしかできないことのひとつだと思っていたので、その方向性で8話ほど(期間にすると3ヶ月ほど)描き続けました。
対策②:読者の反応から自分の漫画の意義を見出す
そのジレンマを破る転機は、息子の誕生でした。2016年11月に息子が産まれたのですが、長いこと子どもを望んでいた上に、なれない海外での育児になるので、僕は仕事の量や時間をできる限り減らして育児できる環境を作ることにしました。そうなると、それまでのようにベルリンの街に出てスタートアップの企業やイベントなどを取材したりすることも難しくなるので、いったんそのネタはお休みにして、その代わりに苦肉の策で自分がフリーランスとして独立して仕事を取れるようになるまでの話を描くことにしました。それなら自分の記憶をもとに描けるので、取材をする必要がないというわけです。
⬇その時のことは『フリーランスで行こう!』の最終話でも描いています。
でも、結局これも言ってみれば自分の身の上話の延長のようなものなので、「こんな話を描いても誰が関心を持ってくれるのだろう…」という気持ちで、(まさにベルリンの産院の病室のテーブルで)そのエピソードを描いていました。
しかし、公開されてみると、このエピソードはそれ以前の何十倍ものアクセスがあり、ものすごく大きな反響を得ることができました。その反響があまりにも大きかったので、当初は3話くらいで完結しようかと思っていた予定を変更して、結局20話以上(期間にすると1年と3ヶ月ほど)も続くロングランシリーズになり、フリーランス編だけをまとめて書籍化されるほどのヒットになりました⬇。
これは、あとあとになって考えてみると、ちょうどタイミングや需要が一致した必然的な結果だったと言えますが(ちょうど働き方改革などでフリーランスというワークスタイルが注目され始めた時期で、それにも関わらずフリーランスに関する発信の第一人者と呼べるような人は、その時点でまだいなかったのです)、描いて世に出してみるまで本当に全く予想しなかったことでした。
そんな経緯でフリーランスに関する情報に高い需要があることが分かり、それにまつわる僕の経験談や分析等に関心を持ってくれる人が予想以上に多かったこともあって、今日に至るまで僕はフリーランスに関する情報発信を漫画やブログやSNSで続けています。
方向性、その後(現在考えていること)
さて、実はここからが一番書きたかった話でもあるのですが、ここまで見えた上でなお僕は悩んでいたことがありました。それは自分の漫画の「本質的な意義」についてです。
もちろん、フリーランスに関するネタは思った以上に多くの人に支持してもらえたわけですが、ある意味それは既に起こりつつあったフリーランスブームに運良く乗れただけでもあります。それは今や僕の発信すべきコンテンツのひとつではありますが、かと言って一生かけてやり遂げる使命というほどのものではないと思ったのです。
それに、身も蓋もない事を言ようですが、そもそも僕は自分の漫画の何が面白いかよくわかりませんでした。こう言うと語弊がありそうなので補足すると、僕自身は自分の漫画が面白いと思うのですが、それは自分の目から見ているからであって、他人である読者が「面白い」と言ってくれる時、それが一体どういった要素を指して面白いと感じてくれているのかが分からなかったということです。
というのも、僕の漫画は、ギャグが面白いわけでもなく、かと言ってロマンチックでもエロチックでもありません。ある意味で、そのへんの要素がわかりやすく入ってる漫画はウケやすいのですが、僕は残念ながらどれも得意ではありません。なので、連載を始めてからしばらくは、「いったい、僕の漫画の読者は何を面白いと感じてくれているんだろう?」という疑問を抱えながら描き続けていました。
しかし、web連載や単行本を読んでくれた多くの方から、感想やレビューをいただく中で気づいたことがありました。それは、そういった感想の中に、かなり高い確率で「励まされた」「背中を押された」「力が湧いてきた」「一歩踏み出せそう」「悩みが消えた」などの言葉が入っているということです。そう、僕の漫画の面白さ(というか、長所・特長)は、笑えることでもロマンチシズムやエロチシズムでもなく、読んだ人をモチベートする(モチベーションを上げる)ことだったのです。
これは、こういった読者の方々からの反応を見るまで自覚できませんでしたが、いったん自覚してみるとこれこそがまさに自分が漫画を通してしたかったことだと強く確信することができました。そして、ここまで来てようやく自分の漫画の方向性に迷いやブレが無くなったのでした。
というわけで、今後はフリーランスや働き方等のトピックを従来どおり中心に据えつつも徐々にテーマを拡げて、自分の生き方や考え方を漫画を通して伝えることで読んでくれた人をモチベートしていきたいと考えており、そのための表現スキルを高めていきたいと思っています。これは、まさに僕にしかできない事だし、僕が一生かけてやるべき使命だと思える事なのです。
まとめ
以上、僕が漫画を仕事にする際に苦労したことについて書いてみました。結局、自分が描くべきテーマはあれこれ考えても分からないことのほうが多いので、描けるものからどんどん描いて世に問うてみるのが一番ということです。そうやってPDCA(下図参照)を回してみて、反響が無ければ潔く方向修正をして次々と試行錯誤する中でのみ、自分が描くべきものが見えてくるのものだと僕は確信しています。
漫画に関してはSNSでリサーチやマーケティングをして、さらにバズ→フォロワー・ファン獲得…という流れを上手く作れれば書籍化もしやすいので、最大限活用すべきだと考えています。そして、SNSを使えば無料で発表できる上に、ウケなかったとしても、それもひとつのリサーチ結果としてプラスになるので、とにかく失敗や低評価を恐れずにどんどんアウトプットして、「自分が描きたいもの」と「世の中が求めているもの」が交差する点を見つけるのが大事だと思います🤓
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